妊娠26週、突然の胎盤剥離で緊急帝王切開になり、864gで次男を出産しました。
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出産当日は全身麻酔の関係で次男には会えず、翌日は絶飲絶食と貧血で立てない中、車椅子でNICUに連れていってもらったときのことを記録しています。
この記事では、26週、864gで誕生した次男とNICUで初めて対面するまでの流れをまとめています。
具体的には以下のことがわかります。
・全身麻酔での緊急帝王切開翌日の体調(絶飲絶食・貧血)
・NICUで10分しか面会できなかった理由
・864gの小さな体と初対面した時の気持ち
・主治医から説明された“72時間のリスク”
・助産師さんの寄り添いと支え
・母乳を届けるためにしたこと
・2日後に自分の足で立てた瞬間
手術翌日の朝、現実を受け止められない

出産当日の夜から翌朝は全身麻酔の影響で、昨日の記憶がところどころ抜け落ちています。
夜中は動かない体で天井を見上げて
「あぁ、もう赤ちゃんはお腹にいないんだ」
と改めて思い知らされていました。
本来ならまだお腹の中で一緒にいるはずの時期。
胎動を感じていた場所が空っぽで、寂しさと虚しさが押し寄せていました。
さらに翌日は絶飲・絶食で、体中が痛み、起き上がるのもやっと。
しばらくはベッドから動けませんでした。
主治医から告げられた言葉の重さ
診察に来た主治医の先生は、昨日の状態を丁寧に説明してくれました。
「入院していなかったら間に合わなかった」
「入院していなかったら命が危なかった可能性が高いです」
「平日の昼間でスタッフが多い時間帯だったことも、本当に運が良かった」
そう言われ、体中の力が抜けるようでした。
助かったことは“当たり前”ではなく、奇跡だったのだと気づいた瞬間でした。
貧血で立てない。NICUで会えたのは10分だけ
手術時の出血が多かったため、輸血を考えるレベルの貧血。
ベッドでは起きていられるけれど、立ち上がると目の前が真っ暗になり、耳鳴り、手足の痺などがあり倒れそうになりました。
そのため、翌日のNICUでの面会時間は わずか10分間。
もっとそばにいたかった。
でも、出産当日は会えなかったから、10分でも会えたことが嬉しかった。
小さな保育器の中で眠っていたのは、864gの息子。
その姿を何度も瞬きして目に焼きつけました。
車椅子でNICUへ向かった道のり

どうしても会いたくて、助産師さんにお願いし、車椅子でNICUへ向かいました。
廊下の匂い、機械音、すれ違うスタッフの姿。
すべてがゆっくりと、遠くに感じました。
NICUの扉が見えた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられました。
864gの小さな体との初対面

小さな身体にあまりに多い管
呼吸器、点滴、モニター。
赤ちゃんの体より機械の方が大きく見えるほど、たくさんの管に繋がれていました。
その姿を見た瞬間、涙が止まりませんでした。
「ごめんね…こんなに小さな身体で、たくさん頑張っているのに」
胸がぐちゃぐちゃになり、涙があふれ続けました。
主治医が紙とペンで丁寧に説明してくれた
主治医は、資料だけではわかりにくいからと、紙に図を描きながら説明してくれました。
ただ、初めて聞く専門用語ばかりで、頭が追いつきません。
理解しようと必死なのに、涙が滲んでよく見えなかった。
「最初の72時間は急変しやすい時期です」
この言葉は胸に重くのしかかりました。
とくに脳出血をしやすいとのことでした。
NICUから戻り、私にできることは母乳だと知った

病室に戻ると助産師さんが
「今、お母さんができることは母乳ですよ」
と優しく教えてくれました。
院内のコンビニで母乳キットを買ってきてくれ、
マッサージをしてくれて、初乳が少し出ました。
歩けなかったので、初乳は助産師さんがNICUまで届けてくれました。
26週で出産しても身体はちゃんと「母」になっているんだなと感じました。
夜、赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんが来てくれた

夜、病室に一人の助産師さんが来てくれました。
その人は、緊急帝王切開に立ち会い、
赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんでした。
母子手帳に名前を書いた、あの助産師さん…!
「昨日は怖かったですよね。大丈夫でしたか?」
その一言で涙が一気にあふれ、声を出して泣いてしまいました。
4人部屋なのに、もう涙が止まりませんでした。
助産師さんは背中をさすりながら、私が落ち着くまでそばにいてくれました。
会いに行けない私のために、赤ちゃんの動画を撮ってきてくれた
助産師さんは、私が10分しか面会できなかったことを知ると、
「私が撮ってきますね」とNICUへ行き、赤ちゃんの動画を撮ってくれました。
小さく動く手、機械の音。
その動画を見るだけで涙が止まりませんでした。
忙しい中、心に寄り添ってくれたその優しさは一生忘れないです。
自分の足で立てたのは2日後の夜だった

貧血がひどく「3日経っても歩けなければ輸血しましょう」と先生と話していました。
立てない自分が悔しく、2日間は気持ちが沈みました。
でも、2日目の夜、少しずつ足に力が入り、ゆっくりと立てた瞬間、胸が熱くなりました。
「これで自分の足でNICUに行ける」
そう思うと力が湧きました。
搾乳も軌道に乗り、電動搾乳機を借りて継続

3時間ごとの搾乳を続けるうちに少しずつ量が増え、手絞りが大変に。
産院で電動搾乳機を借りて、夜中もアラームをセットしながら続けました。
赤ちゃんが飲めるようになったときのために、NICUで冷凍保存してくれると聞き、
「自分にもできることがある」と前向きになれました。
あの日の私へ
歩けなくてもいい。
泣いてしまってもいい。
混乱しても、罪悪感を抱えてもいい。
あの日のあなたは、本当によく頑張っていた。
同じ状況のママへ
NICUに通う日々は、不安が押し寄せてくるものだと思います。
泣いてしまう日があっても大丈夫。
会えない日があっても大丈夫。
あなたは一生懸命、毎日を乗り越えています。
ゆっくり、一緒に進んでいきましょう。
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